森本喜久男はガンと闘いながらもカンボジアで使命を見出す【情熱大陸】

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2017年4月9日放送の『情熱大陸』では、京友禅職人の森本喜久男氏のカンボジアでの話に迫ります。

森本氏は、カンボジアに魅了され移住しました。そして、現地の織物産業を復活させた日本人として有名になりました。沢山の人々から慕われ尊敬されています。

森本さんが作る絹織物を求めて、世界各地から人々が集まってきます。彼らが作るシルクは、同じものが二つとありません。身にまとっても良いですし、壁掛けにしても良いです。

大量生産にはない、絹本来の手触りがあります。一本一本人の手で引かれた糸は、職人の息遣いを宿します。絹織物の最高峰とも言われています。

森本氏は、強い信念を貫いていました。彼は言います。

一番大切なことは、ちゃんと売れる布を作ること。売れない布を作ったら、みんなが生活していけないから・・

彼は、数多くのメディアにも取り上げられました。フランスのファッション誌曰く、森本氏はシルクの達人。と。

 

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一時はすたれかけたカンボジアの絹織物。

森本氏は、20年を超える歳月をかけて職人を養成し、村を作り、森を育てました。

 

5年前、彼は体調を崩し膀胱ガンの宣告を受けました。手術や放射線といった治療を拒んで、その5年が経ちました。腎臓に刺したチューブが命綱でした。

「いつ死んでもおかしくない状況の中で、生きている間に、自分ができることをやり切って死にたいなって思います。」

森本氏が作り上げた村は、「伝統の森」と言われていて、現在は、住民は70名です。

伝統の絹織物は、職人となる女性たちが、子育てをしながら暮らせる穏やかな環境から生まれています。

あまり自由に動けなくなった森本氏は、多くの時間を自宅兼事務所で過ごしています。時折、工房でスタッフの人たちの仕事ぶりを確かめます。

絹糸の樹皮を、バナナの糸で縛って染色すると、そこだけは、染料が染み込みません。どこに何色を乗せるかを決め、くくります。糸の色だけで図柄を描くかすりでは、これがデザインにあたります。

『くくり』の一番基本的な仕事は、下絵も何もない。ペーパーの図案があるわけじゃなくて、すべては頭の中に柄があり、その柄を再現していく・・ だから一枚一枚違うものができていく・・

染料はすべて、草木や昆虫など、自然のものです。

染めあがった糸は、何度も叩きつけて染料を浸透させ、乾燥させます。

一つの色を出すのに、時に3日もかかることがあります。

バナナの樹皮をほどき、今度は無色の部分に新たな色を染めていきます。

「くくり」と染色を何度も繰り返し、一本一本の糸が多彩な色彩を帯びていきます。

こうして出来上がった糸を横糸に使い、正確に位置合わせして織り合わせ、イメージ通りの柄が浮き上がります。

歓声までに一年もの歳月がかかるものも少なくないと言います。

アンコールワットの遺跡を見れば、カンボジアに聖地を極めた織物文化があったことがよくわかります。

ですが、伝統は、内戦によって破壊されました。

 

1970年に始まった内戦は、20年近く及び、人々の生活は踏みにじられました。内戦収束後、森本氏は、ユネスコが実施した絹織物の現地調査に参加しました。

文化の危機に衝撃を受けました。各地を周って、失われかけた技術を書き留めました。

優れた織物が滅びていくのは、あまりに忍びない。森本氏は、その復活にのめり込みました。技術を受け継ぐ村の老婆を訪ね歩きました。助けを借りて、布づくりに取り組みました。

 

僕らの仕事は、

伝統の織物を復元してそれを新たに創ること。

それは、伝統を守る仕事じゃない。

伝統を創る仕事なんです。

 

そのために、森本氏は、土地を手に入れ、自ら村を作ろうと胸に決めました。

11年前、ソイ・ソキアン(36)という女性が村に移住してきました。とびきりの腕を持つ職人です。4人の子供に恵まれ、同じ職人の母と共に暮らしています。村人が織物で生計を立てることこそが、文化を明日に伝える唯一の道。

それが、森本氏の哲学です。

2年前の映像が残っていました。

熱心なソフィアは、森本氏にいつも助言を求めていました。

ソフィア:下地を黒くしたいんです。

森本氏:黒いものもいいね。試してみたら!ここはそのままでいいから、こっち側は黒くしよう。

伝統は、こうして、新たな感性に肉付けされてきました。

 

ソフィアは、今では村一番のデザイナーとなりました。

祭りで開かれるファッションショーのための新作に取り組んでいました。

 

染色前の絹糸は、キレイな黄金色をしています。

黄金色の糸は、カンボウジュ種の蚕によって作られます。絶滅しかけていた蚕を苦労してみつけ育てました。

エサの桑の木も栽培しています。

絹織物に必要なすべてを賄うには、豊かな自然が必要でした。

村人と力を合わせて育てた森は、広さにして東京ドーム5つ分に相当します。

 

布が織られるらめには、生糸が必要。蚕が必要。

そのためには桑畑が必要。

普通、織物と森はストレートにつながらないけど、僕にとってはストレートにつながっています。

 

森からは、天然の染料が取れます。

ベニノキに成っている青い部分をもぎ取り、中の実を出します。赤い色をした実をカメラに見せます。

これくらい実が青いほうが、赤の色が鮮やかなんです。

 

村では、落ち葉さえ、色を生み出す原料です。

女性たちが、落ち葉を拾い集めます。葉っぱは、インディアン・アーモンドの葉です。

どうやら、捨てるものは何一つないようです。

この落ち葉は、一日じっくり煮込むと、墨色の染料になります。

化学染料では出すことが難しい味わいのある黒になります。

使い込むほどに風合いが増します。

 

自然染とはいえ、おどろほど鮮やかな色が手に入ります。

村で作られる布には、先人の知恵が詰まっています。

 

工房の二階が、出来上がった布の売り場です。複雑な柄の布は、30万円を超えるものもあります。一年がかりで作られたことを思えば、決して高くはないでしょう。

あらゆる布に、作り手たちの名前や染料が記されています。

 

がんに蝕まれた森本氏の肉体は、時折転調を見せます。

この日、腎臓から排出される尿が、まだ一滴も出ていません。村人たちが心配して彼の事務所に様子を見に来ます。

去年も、同じ状況で病院に担ぎ込まれていました。幸い、しばらくして命に関わる緊急事態は免れました。

 

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森本喜久男

 

☆ 1948年、京都で生まれる。現在は68歳。

☆ 1971年、友禅職人の工房へ弟子入りし、

☆ 1974年、レイデザイン研究所テキスタイルデザイン科卒業。

 1975年、独立し、手描き友禅工房『森本染芸』を主宰。

 商業主義に嫌気がさしました。

 1980年、30代はじめカンボジアの難民キャンプで出会った伝統的な絹織物に圧倒される。

 1996年、絶滅寸前の織物復興を目的とする現地NGO『IKTT』(クメール伝統織物研究所)を設立。

 2007年、プノンペンの王宮にて、ノロドム・シハモニ国王より接見の栄誉を賜る。

 

 背中に刺したチューブを取り換えるため、定期的に日本に帰国しています。

 日本に一人娘、彩香さんがいます。

☆ 森本氏は、妻とは早くに離婚しています。彩香さん夫婦と母は一緒に暮らしています。

 帰国したときは、娘と一緒に回転ずしに行きます。

 

 シェムリアップ市郊外にある織物の村で、現在老若男女70人と暮らしています。

 

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出典:https://www.lonelyplanet.com/cambodia/travel-tips-and-articles/77381

 

シェムリアップという街にアンコール遺跡群があり、世界中からの観光客で賑わっています。

そのシェムリアップから車で一時間半のところに、世界でも稀な『織物の村』があります。

ここで作られる世界最高級と評される絹織物は約14年前、一人の日本人が再興させました。

その人が、友禅職人の森本喜久男さんです。

 

カンボジアでは、数十年に渡る内戦のため、人口構成は老人と若者が多く、30代から50代が極端に少ないものとなりました。

過去の知恵を新しい世代に伝承していくはずの、この「失われた世代」の欠落により伝統技術や文化的知識の断絶が起こっています。これもカンボジア内戦がもたらしたのです。

森本喜久男氏が、伝統的な織物を復興させるプロジェクトを開始しました。

「伝統の森再生計画(Project of Wisdom from the Forest)」と呼ばれるこのプロジェクトは、9世紀から14世紀に栄えたクメール帝国の中心地で、伝統的な絹織物を復活させ、現在そして将来のカンボジアを支えるモデルを構築することを目的としています。

そして、彼は、カンボジアに伝わる伝統的文化の継承に成功しました。

 

カンボジア国内外から賞賛を受ける彼ですが、ガンを患い余命5年の宣告を受けています。

年に一度の「蚕まつり」で織物作りの技術継承を願います。森本さんは、今年ある行動に出ました。

この「蚕まつり」とはどんなものなのか、森本さんの言葉でこう綴られています。

 

わたしたちIKTTは、カンボジア伝統の絹織物を制作しています。そして、その絹織物を販売することで、わたしを含め400人近い研修生たちの生活が成り立っています。いわば、お蚕さんに「食べさせて」もらっているのです。
しかし、生糸を取るためには、そのお蚕さんを繭のまま釜茹でにします。つまり、殺生をすることになります。カンボジアでは多くの人たちが敬虔な仏教徒です。仏教徒にとって、殺生はしてはならないことのひとつです。わたしが15年前、カンポット州のタコー村で伝統的養蚕を再開しようとしたときも、村びとのなかには「殺生するのはいや」という声がありました。しかし、わたしは、これは無益な殺生ではないのだ、わたしたち自身がそれで生かされているのだ、と村びとたちに説明したのです。
「伝統の森」に桑の苗を植え、その苗が大きく育ち、養蚕を開始したのは、2003年の夏のことです。その蚕たちの繭からはじめて生糸ができたとき、わたしはタコー村での出来事を思い出しました。そして、わたしたちがこの地でアンコールの神がみに生かされていることに感謝し、さらにはお蚕さんに生かされていることに感謝して、蚕を供養をしようと思い立ちました。古い中国の資料にも、蚕を祭る儀式があったことが記されています。日本やベトナムには、蚕寺があるそうです。養蚕が盛んだったところに、蚕を祭る習慣があっても不思議ではありません。2003年の9月の満月の日、「伝統の森」で、はじめて蚕まつりを催しました。午前中は、お蚕さんを供養する儀式を行ない、IKTTの研修生全員で昼食をとります。食事の準備もみんなで分担して行ないます。食事のあとは、青空ディスコで盛り上がるのが定番となりました。

 

 

 

森本氏が『蚕祭り』を始めたのは10年まえ。

新しい布のお披露目を兼ねるファッションショーを行います。

かつては、手取り足取り教えたファッションショーの準備は、今では村人たちの手で行われています。

この「蚕まつり」は、2017年度は3月11日無事に行われました。

森本喜久男さんによるダイジェスト映像があります。

LINK: 「蚕まつり」ダイジェスト映像

 

本番では、工房で働く女性たちが、ファッションモデルになります。

リハーサルを重ね、だれもがその日を楽しみにしていました。

半年余りを費やしたソフィアの新作も間に合いました。

細やかな柄に作り手の心が込められていました。

美しい仕上がりに、森本氏も目を細めました。

「これは、うちの最高の布の一つ」と言います。

「命のこもった、心のこもった、本当の手作り。こういった布が作られていく、とても嬉しいです。」と。

 

祭りの朝は、村人総出で、御馳走が作られていきます。

 

年に一度の晴れ舞台。

街から招いた美容師の手により、モデルを務める女性たちが次々と変身していきます。

 

親から子へ、

森本氏が作った村も、歴史を重ねてきました。

伝統舞踊と共に、ショーが幕を開けました。

工房が評判を呼ぶようになり、祭りに駆け付ける海外からの観光客も増えてきました。

やがて着飾った女性たちの出番がやって来ました。

ファッションショーは無事終了しました。

 

そして、カンボジアの森でまた新たな一年が始まります。

ですが、森本氏にしてみれば、祭りを見られるのはこれが最後かもしれない・・

ショーを見届けたそのあとで、森本氏は思わず言葉を詰まらせました。

今年の祭りは、彼に特別な考えをもたらしました。

「僕がいなくても、ちゃんと皆がお祭りを自分たちで準備して、やり切ってくれる!という風になりました。」

「僕にとっては凄く嬉しいです。」

 

気に病むことは何もない。

これからは、村人たちが歴史を創っていくのだ・・

森本氏は、そう信じています。

 

番組終了。

 

 

森本喜久男さんの詳しいプロフィールや情報です。

LINK: 森本喜久男さんホームページ

 

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出典: https://www.yamadashiori.com/blog/archives/5043

 山田史織のnicocha日記

LINK:【カンボジアのクリスマスイブ】伝統の森を訪問|森本喜久男さんの働き方

山田詩織さんが、直接森本さんに会いに行き、その時の様子をブログに記してあります。

良い布作りは、土作りから。

みんなが「世界一」の布作りを目指している。

面白いです!是非読んでみて下さいね!

 

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出典: https://courrier.jp/columns/62472/

 藤重太 アジア市場開発代表
LINK:カンボジアに命をささげる3人の日本人|藤重太「『親日国』で働くということ」

藤さんも、実際に森本喜久男さんに会いに行き、話を聞いてコラムを書かれています。

20年前このメモに書いたことが、一歩一歩実現しています。

伝統は守っていてはいけません。

皆で作り上げ、熟成させていくもの。

発見を重ね、成長し続けていかなければなりません

是非こちらも読んでみて下さい!

 

 

まとめ

 

森本喜久男さんは、素晴らしい人ですね。カンボジアの絹織物再生のために命を削って頑張られています。現地の人々から愛され、信頼を得ている方です。

私は、このような人がいることを今日まで知りませんでした。素晴らしい人がいることに感動しました!

 

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